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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)287号 決定 1984年7月20日

抗告人

佐藤勉

右代理人

堤浩一郎

石戸谷豊

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一抗告代理人は「原決定を取り消す。東京都港区芝公園一丁目三番一〇号株式会社赤坂グループ事務所について、昭和五九年六月二三日に招集される第九期定時株主総会の招集手続及びその決議の方法を調査させるため、検査役を選任する。」との裁判を求め、その理由は、

1  商法二三七条ノ二第一項は、検査役の選任申請につき、その必要性を要件として規定していないし、まして「眞摯に必要性のある場合に限る」などという要件は全く規定していない。むしろ、裁判所は一〇〇分の一以上の株主から請求があれば、その必要性を問わず、検査役を選任すべきである。

同条項の検査役について特に実効のあるのは、総会で経営権の争奪に関する紛争が予想され、決議に関する票差が接近している場合であつて、少数株主権として新設すれば十分その目的が達せられると考えられたからである。したがつて、同条項の検査役の選任請求は少数株主権者にのみ認められているものではない。そうだとすれば、同条項の検査役の選任請求が少数株主権者のみに認められていることを前提とし、これを根拠として、検査役選任請求につき、その眞摯に必要性のあることを要すると解するのは論理の飛躍であり、誤りである。

2  本件においては、検査役選任の必要性も現に存在している。前記会社は、長期間にわたり継続的に巨額に及ぶ虚偽の会計処理をしてきているものであつて、前年事業年度以前に発生した負債等であつても、今期にそれが処理されていない現状では、当然それが総会における討議の対象とならねばならない。また、取締役の説明義務が回避されるか否かについて厳格な立証をするとなれば、それが将来のことに関するだけに、同条項の実効がなくなることになる。少くとも、本件のように紛議が多発している場合に取締役の説明の必要性がないということはできない。

3  よつて、抗告の趣旨に記載の裁判を求めるため、本抗告に及んだというにある。

二商法二三七条ノ二所定の検査役の選任請求に関する規定は、株主総会の招集の手続及び決議の方法が公正に行われ、株主の権利行使が保障されていたか等をめぐつて争いが生ずることが多く、これを未然に防止するため、又は書面投票の結果が正しく決議に反映しているかを明らかにする必要が生ずるため、検査役選任請求権を認めたものであり、その濫用を防止するため、請求権者は発行済株式総数の一〇〇分の一に当る株式を有する株主であることを要件としたものと解される。したがつて、それ以上、総会の招集及び決議の方法につき手続不遵守のおそれがあること等の具体的必要性の存在することを要するものではない。また、前年事業年度の定時株主総会において、招集の手続及び決議の方法につき、手続不遵守の事実がなかつたことから、直ちに当該年の事業年度の定時株主総会について招集の手続及びその決議の方法を調査させるための検査役選任請求がその必要性が全くないとか権利の濫用になるということはできない。

そうすれば、本件申請につき、右必要性の存在を主張・立証する必要のあることを前提とし、右必要性の立証の不存在を理由として、これを却下することはできないものというべきである。

しかしながら、商法二三七条ノ二の規定によつて選任される検査役は専ら検査の対象となる株主総会の決議にいたるまでの当該総会の招集の手続及びその決議の方法を調査することを職務とするのであるから、総会終了後においては選任の利益が失われるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件東京都港区芝公園一丁目三番一〇号株式会社赤坂グループ事務所の第九期定時株主総会は昭和五九年六月二三日に招集されるべきものとされており、現在では既に右総会開催の期日を経過したことが主張自体によつて明らかであるから、本件検査役選任の申請はその利益が失われるに至つたといわなければならない。(なお、抗告人は右総会開催の期日に接着した昭和五九年六月二〇日当庁に抗告状を提出して本件抗告をしたものであるところ、当庁において適切な検査役を選任するためには相当の日時を必要とするため同年同月二三日までに右選任を終えることは事実上困難である。)。

よつて、本件申請は、結局において却下を免れず、本件抗告は理由がないことに帰するので、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(岡垣學 磯部喬 大塚一郎)

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